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昭和の大横綱他界

2016年 08月01日 10:55 (月)

モロ見え三郎の本日のニュース

大相撲で史上3位の優勝31回を誇り、昭和から平成にかけて一時代を築いた元横綱千代の富士の九重親方(本名・秋元貢=あきもと・みつぐ)が31日午後5時11分、膵臓(すいぞう)がんのため東京都文京区の東京大学附属病院で死去した。61歳。

 「小さな大横綱」が、病魔に屈した。大相撲の枠を超えた国民的ヒーローの死。昭和の灯が、またひとつ消えた。

 複数の部屋関係者によれば、同親方は7月の名古屋場所前から同地へ入り、部屋の稽古では連日、力士らに声をかけていた。周囲は急激に痩せた姿を目の当たりにして、驚いたという。現役時代の九重親方は身長1メートル83、横綱となっても125キロ前後と小兵ながら、大型力士を次々となぎ倒した。

 贅肉(ぜいにく)とは無縁で、アスリートを思わせる引き締まった肉体は病魔でやせ細り、関係者の一人は「(体重が)100キロを割ったと聞いた。現役時代から初めてのこと。衝撃を受けた」と明かす。

 このとき、すでに固形物を受けつけず、部屋の若い衆がミキサーでつくったフルーツジュース程度しか口にできなかったという。名古屋場所には所属する監査委員室に初日から現れていたが4日目に様子が急変。重い足取りで室内に入り、いすに座ると机に突っ伏した。「きついなあ…。きついよ」。大きなマスク越しに声を絞り出し、目を閉じた。“小さな大横綱”が、やせ我慢もできないほど弱っていた。

 昭和45年秋場所初土俵。左前まわしを引いて一直線の寄り、電光石火の速攻で出世街道を駆け上がり、「ウルフフィーバー」を巻き起こした。相手の頭を押さえつけて土俵へたたきつける豪快な上手投げは「ウルフスペシャル」と命名された。威圧感が常に漂っていたが、涙もろいところも。弟子の断髪式では関取になれなくても努力した姿を思い浮かべ人目をはばからずに号泣。ライバル北の湖理事長の死去翌日には真っ赤に腫れた目で「切ないよな」とつぶやいた。

 名古屋場所は初めから休場する選択肢もあったという。それでも、有力後援者には「しんどいけど、闘病に引退はないから」と伝えていた。最後の最後まで、人生の“気力”を燃やし続けた。

ヤフーニュース


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